美しく儚く、そして危うい歌

今年元旦に届いたCDは中森明菜の「歌姫伝説~’90s BEST」でした。
タイトル通り90年代のベストアルバムで購入したのはCD3枚+DVD1枚の初回盤。2008年のリリースだけど、既に廃盤で結構なプレミア価格がついていたけど、ヤフオクでようやく定価ほどで入手できた。
オリジナル・アルバムを揃えればそれでいいと思っていたんだけど、これが欲しかったのは、おまけのDVD「TRUE LIVE」目当てでした。

1995年12月16日パシフィコ横浜国立大ホールで行われたコンサートを収録している。
その年リリースされた「ラ・アルテラシオン」は聴き始めは今ひとつと思ってたのが聴くほどにいいなと思わせてくれる作品だったので、収録された曲がライブでうたわれるのを聴いてみたかった。事前にYoutubeでいくつかアップされていたのを聴いてこれは素晴らしいだろうと思っていたがそれ以上だった。

冒頭の３曲「Tokyo Rose」「飾りじゃないのよ涙は」「TATOO」はロカビリー・バンド、マジックをバックにというより明菜もバンドのひとりといった感じで演奏される。「飾り～」もアレンジを変えてロカビリーアレンジ。彼女はこれ以降も80年代のヒット曲をアレンジを変えて歌うけど、それはやはり今の自分を聴いて欲しいという想いからだろう。でも不思議と彼女の歌そのものはオリジナルと印象が変わらない。それは歌の解釈がオリジナルに比べ深くなりはするが、変えて歌われるわけではないからだろう。男装の麗人を気取るような明菜がすこぶるカッコイイ。

その後は吉田健バンドをバックに。タイトな演奏はエレピやオルガンの音色もあり、どこかダニー・ハサウェイやカーティス・メイフィールドのライブ盤をちょっと想起させる。
ステージセットや「GAIA」での不思議な形のスカートやシルバーヘアーのかつら、「愛撫」でのミニスカートの衣装など、しっかりと演出されている。ショートカットの明菜というのも結構珍しいのかもしれない。

当時WOWOWで放送されたという映像は、ソフトフォーカス＆白飛び気味で評判は芳しくない。ステージも暗く明菜以外はスポットライトが当たらず、ほとんど客席が映らない。それも演出の一つなのかもしれない。それがいつの時代なのかもわからないような印象を与えて個人的には気にいっている。

「ラ・アルテラシオン」からはまず「TSURAI・TSURAI」が演奏される。クールなミディアム・ファンクにのってまきちらされる色香にクラクラする。「痛い恋をした」はスタジオ録音ではゴスペル・コーラスが歌をひきたてていたが、ここでは70年代ソウル的な演奏をバックに時には語るように情感を積み重ねていく。最後のバースを歌い終わった彼女の瞳からは涙がポロリとこぼれ落ちる。あまりに切々した「Necessary」を聴き終わると、このあたりがこの映像のハイライトかなと思った。



でもこの後がさらにすごかった。
ぐっと内向的な表情を覗かせる「LIAR」。オリジナルが砕け散っていく心のようだとすれば、ここでの歌唱はその砕け散った心をひとつひとつ拾い集めるよう。
その後も「陽炎」「予感」「セカンド・ラブ」とスロー・ナンバーが立て続けに奏され、ほとんど金縛りにあったように身動きさえできなくなってしまう。ヒット曲「セカンド・ラブ」でさえ、もうここでは流行歌の範疇を超えてしまっている。流行歌と呼ぶにはあまりにむき出しすぎる。それがいいことかどうかは別として、ここでの彼女の歌はあまりに美しく儚く、そして危うい。ただひとつ言えることは、こんな歌は選ばれたほんのひとにぎりの歌手にしか歌えないということ。

「スローモーション」でようやく少し緊張が解ける。それでもここで歌われるこのデビュー曲も、想像するしかなかった恋の痛みを身を持って知った大人の歌になっている。
最後のアンコール「LA BOHEME」「DESIRE」ではあの雄叫びビブラートを豪快に決めてくれて幕。

この頃彼女はあまりコンサートを開いていなかったようだが、年齢は30歳ちょうど。歌手として油がのってきたころだろう。ときに息切れ気味になる個所もあるが、声量も申し分なく、歌の一節ひとふしに潤いがあり聴きごたえはたっぷり。残されていることに感謝したくなるような素晴らしいを通り越した貴重な記録である。

クールな表情の中に情念と色香をたっぷり含ませた歌。そして歌に合わせたひとつひとつの仕草から色香が撒き散らされる。降参。