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ディスクガイドに非ず~音楽航海日誌 [本]

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うわぁこれはすごい本です。
愛読ブログ「After you」の2009~2019年までを纏めた、荻原和也さんの「音楽航海日誌」が出ました。フル・カラーで全656頁というヴォリューム、中身も前代未聞、世界的にも類例のない名著の誕生です。

編集者とどのような話し合いがあったかわかりませんが、単なるディスクガイドなら、そして採算なども考えれば、もっと軽微な体裁ででもよかったでしょう。でもそうじゃない、この10年の記録として残したいという著者の想いもあったからこその、重厚ともいえるこの装丁なんじゃないかと推察します。

そもそもこれは、ただのディスクガイドではありません。
僕が思い出したのはファーブル昆虫記。そうまるで図鑑の様です。
人一倍音楽が好きな個人が記した音楽観察記。知らない音楽を追い求め、世界中好奇心の赴くまま。もともと日々のブログだから、季節の移ろいやこの10年間の世の徒然が垣間見えることころが、数多のガイド本とは一線を画しています。
ただのディスクガイドならその音楽をコレクションに加えたら、聴いたら、用なしになってしまうかもしれない。だってガイドなんだから。ガイドが必要なくなれば本も必要じゃなくなる。でもこの本は違う。ファーブル昆虫記同様、読み物として価値ある本なんです。

それにしても危険な本だな。
大きく重たい本ではあっても、もともとはブログ記事、適当にページを繰ってみれば、気安い文章に時間を忘れて読み耽ってしまう。「ひゃっほーい」「あぁぁぁぁ、きもちえぇぇぇ」とか、聴いて感激している著者の息遣いが、こんなに感じられる本は他にありません。
それに折々挟まれるとことん個人的な体験に根差したエピソードがまた楽しい。仕事でナイジェリアを訪れた際の、タクシー車内でかかるエベネザー・オベイにあわせてワン・コーラス歌った時の話や、ベトナム旅行でカイルオンなどのCDを大量に買い込み、帰りの手荷物検査で引っかかり、税関員にあきれられたとか、思わず笑ってしまう。
また「レコード・コレクションで大切なことは、何を持っているかじゃなく、何を持たないか」はじめ、文章の端々からコレクターとして、聴き手としての矜持が滲むところもまたこの本の魅力です。

ブログで読んでるはずなんですけど、やっぱりこうして本になっているというのは、そこにある、手に取る、なんとなくページを開く、そこからポツポツと読み始める。本ってそういうものですよね。
ピーター・バラカンさんとのカタカナ表記についての対談やアフリカの楽器や世界各地の民芸品、著者の訪れた旅先の写真やら盛りだくさん。

著者はダウンロードもストリーミングもしないということですが、この本はストリーミング時代だからこそ、より有効な本かもしれません。
動物や諸般物事なら写真や文章で事足りるでしょうが、音楽は聴けないことには始まらない。レコードやCDの時代なら、探すにしたって欧米の音楽ならまだしも、アフリカ、南米、東南アジアなどの大手のショップで流通していない音楽は聴きたいと思ってもそう簡単に聴けないですもんね。こんな本があっても身悶えするしかありません。もちろんその労苦を払って著者は聴いてきたわけですけど。

でも今なら、この本に載っている音楽の多くはストリーミングやYoutubeを介して、聴きたいと思ったらすぐに聴ける。世界中の音楽が気軽に聴けるようになった時代だからこそ、マニアじゃない多くの人が楽しめる本でもあります。

自分で書いたわけでもないのに、外国の人に、どうだ!日本にはこんなすごい本があるぞ!と自慢したくなる宝物のような本です。そこには同じ一人の音楽好きとして、こんな素敵な本をものにした著者への羨望も多少はある気がします。

気軽なブログとして始めたものなのに、遂にはこれだけの「作品」となり、一番驚いているのは著者自身かもしれません。
気が早いですが、10年後のVol.2にも期待しましょう。
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戸嶋 久

ダウンロードもストリーミングもやらないっていうのは、表向きのタテマエだと思いますよ。ふだんから垣間見える発言でわかりますし、未知の音楽に貪欲でありたい、「そうした音楽のすべてを探し出し、この世を去る最期の日まで、聴き尽くさずにはおれません」という afterword の記述とも矛盾します。

それに、今回の付属CD-R収録音源は、サブスクで聴けないっていうのがウリなんですから、少なくともサービスに登録して調べたことだけは間違いありません。
by 戸嶋 久 (2021-11-23 08:01) 

Astral

としまさん

別にそんなことはどっちでもいいじゃないですか。
by Astral (2021-11-23 09:31) 

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